空が鮮やかに染まる黄昏の刻。
〈
□ ■ □
「皆、静かに聞いてくれ。今からとても重要なことを話す」
三回鳴った鐘の音を聞いて、白い建物の敷地内にある集会場に集まってきた人々。
誰もが口を閉ざし、クロスの言葉に耳を傾けていた。
「天翔ける天空の神ロスト=フィアより、言伝を頼まれた」
口に出した天空神の名に、幾数名の顔色が変わったのを、クロスははっきりと見た。歳の頃からして、父であるアーヴィンと同じくらいだろうか。
……前回の〈
「俺たちは〈渡り鳥〉として〈魂送り〉をすることになった」
響いたクロスの言葉に、ざわめく者は誰もいなかった。年若い者は彼の言葉の意味が分からず首を傾げ、先ほど顔色を変えた壮年の者たちは一様に表情を硬くしていた。
「族長、それはどういうことですか?」
集まる人々の中から、一つの声が上がった。疑問に思うのは当然のことだろう。
それを聞き、クロスは口を開ける。
「〈渡り鳥〉とは、ロスト=フィア神が我々に与えた名だ。〈
説明をしても、きっと理解することは難しいだろう。
それでも知ってもらわなくてはいけない。
「どうやってその仕事をするんだ?」
再び、疑問の声が上がった。
「皆は己の楽器を持っているな? それを使うんだ」
クロスは懐からオカリナを取り出した。己が持つ、一つしかない楽器。ここに集まった者も皆、己の楽器を持っているはずだ。
それはこの世に生まれ落ちた瞬間から共にある、魂の片割れにも近しい存在。世界に二つとない、己の分身。
「急な決定で申し訳ないが……皆、頼む」
クロスの言葉に人々は静かだった。彼らに受けられた〈
それを、彼らはただ果たすことしかできないのだ。
それが彼らに課せられた〈宿命〉だから。
「始まりは七日後の暁の
全てを伝えてクロスは頭を下げると、足早にその場を後にした。
何回やっていても、ああいった場は慣れない。緊張でい気持ちが不自然に上がってしまい、頭の中が真っ白になってしまう。
庭から中に続く廊下へと足を踏み入れると、声をかけられた。
「言ってきたのか?」
ずっと彼が来るのを待っていたのだろう。柱の影に、アーヴィンが立っていた。
クロスは彼の横まで行くと足を止めた。
「……はい、皆に伝えてきました」
言葉を発するのに、一呼吸の間が空いた。
なぜか、すぐに言葉にできなかった。
アーヴィンは小さく息を吐く。
「まさか、こんな時期に来るとはな……」
そして、独り言のように呟いた。どこか寂しげな雰囲気を漂わせている彼に、クロスは問いかける。
「どういう意味ですか?」
「そんなに深い意味はない。……ただ、今回の〈魂送り〉には若者が多いなあと、思っただけだ……」
どこか遠くを見つめながら言うアーヴィン。昔のことを思い出しているのだろう、とクロスは思った。アーヴィンが族長であった時に行われた〈魂送り〉のことを。彼の身に起こった出来事を。
「……父上は、嫌なんですか?」
クロスは問いかけた。
「……そうだな……嫌、だな」
アーヴィンは瞼を伏せて言った。表情からも、彼自身からも溢れでる悲しみは隠しきれないほどに、大きかった。それほどまでに、あの時起こった出来事は、彼の中では思い出したくない一つの記憶として刻みつけられている。
「これはもう仕方の無いことだと分かっているから……分かっているからこそ、嫌なんだ」
「そうですか……」
定められた〈宿命〉は、何が起ころうとも変えることはできない。
「お前はどうなんだ?」
「俺ですか? 俺は、まぁ、族長ですし……」
クロスの答えに、アーヴィンは首を横に振った。そうではない、と言外に伝える。
「『族長』としてではなく、『お前』としてはどうなんだ?」
それは、ずるい質問だ。
答えなんて一つしか持ち合わせていない。
「…………嫌ですよ。愛しい人ともう会えなくなるし、それに……」
「それに?」
「……父上にも、会えない。民の皆とも、会えなくなる」
この里に住まう者たちは皆暖かく明るい存在だ。誰しもが周りを気遣い、流れる穏やかな日々を不自由無く過ごしてきた。
それが、もうすぐ終わりを告げる。
「でも、それが俺たち……〈渡り鳥〉の〈宿命〉だというのなら……俺は、最後までやり遂げますよ」
「……そうか」
アーヴィンはもう何も言わなかった。
ただ、諦めにも似た感情を押し殺しているようだと、クロスは感じた。どうしようもないのだと。どうにもできないのだと、本能が理解している。だからこそ止めることもできない。引き留めることさえも、赦されないのだ。
「私は、皆が無事でいることを……この里でずっと願っているよ」
翼を失った鳥は、もう巣から飛び立つことはできない。
だからこそ、余計に飛び立つ彼らのことが心配でたまらないのだろう。
アーヴィンはクロスの肩を軽く叩くと、そのまま歩き去っていった。自分の書斎に戻ったのだろう。
クロスは彼とは反対の方向へと歩いていく。
「……あら、クロス。集会は終わったのね?」
一度目の角を曲がった先に、エステルがいた。数枚の白い紙を抱えて、どこかに向かおうとしていたのかは分からないが、こちらに進路を変更して歩いてきていた。
「ああ、終わった」
「そうですか。……そういえば」
エステルは彼に詰め寄った。彼の顔を見上げて、ふと感じていた疑問を投げかける。
「私が、唄うのですね?」
以前は族長であるアーヴィンが唄った。その流れを汲むと、今回はクロスが唄うことになるのだろうと、クロス自身も思っていたのだが。
「ああ。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。でも、なぜ私なのでしょう?」
「……ロスト=フィア神の気まぐれさ」
そう、天空神は気まぐれだ。それでいて傲慢でもある。決めたことは絶対であり、抗う術はない。
たとえそれが彼の気まぐれであったとしても。
「つまり、天空神は私を気に入っているのですか。ということは、あの時言っていた私が妻に……」
「ちょ、ちょっと待てっ」
クロスは慌ててエステルの言葉を遮った。まだ、そのことを覚えていたのか!
むしろ、それは二人の企みではなかったのか。
「はい?」
首を傾げるエステルは、演技をしているのか。それとも本当に分かっていないのか。焦燥感にさいなまれているクロスには判断がつかなかった。
「その、なんだ……お前、ロスト=フィア神の妻になる話を、本気にしてるのか?」
言葉をはぐらかせるほどの余裕は無かった。直球の言葉で問いかけると、エステルはいたずらっぽく笑った。
「だったら、どうしますの?」
「えっ!? いや、普通に困る。俺が困る!!」
どこまでが冗談でどこまでが本気なのだろう。もう訳が分からないと、クロスは目を丸くして彼女に詰め寄った。彼女の両肩をつかみ、真正面から見つめる。
すると、エステルは特に慌てることなく、なぜか小さく吹き出した。
「ふふっ、もしかして妬いてます? 冗談ですよ、冗談」
……やはり、冗談だったか。
しかし、彼女の話口調では本気とも読みとれてしまうから、彼女の口からちゃんと冗談という言葉を聞かないと、落ち着けない。
なんだか疲れてしまったと、クロスはため息をついた。
「……はぁ。頼むから、冗談はよしてくれ」
思わず言葉に出してみたが、エステルはきっぱりと否と答えた。
「いやです。私の楽しみが減ってしまいますから」
そう答えるのは分かっていたが、改めて聞くと意気消沈してしまう。
がっくりと肩を落とすクロスに対して、エステルは朗らかに笑う。
「では、今から発声の練習をしてきますので」
そう言い残し、彼女は歩き去っていった。発声の練習、ということは中庭に行ったのだろう。彼女がそこで、唄や発声の練習を行っているのを見たことがある。
クロスも止めていた足を動かして、自分の部屋へ向かう。
その時、先ほど言った彼女の言葉が脳裏をよぎった。
「楽しみ、か……」
彼女に残された時間は、あと、どれくらいなんだろうか……。
□ ■ □
クロスがいなくなった後の集会場には、まばらに人が残っていた。その中に、ポエとノエルもいた。
「なんか、すごいことになっちゃったね……ノエル?」
驚きと困った表情を浮かべながら、ポエはノエルに話しかけた。けれど、彼女は下を向き、何の反応も示さない。ポエの声が届いていないようだった。
「ノエル? ……どうしたの、ノエル?」
「……え、あ、何でもないよ。ポエ」
二度目の問いかけに、ノエルはやっと反応した。はっと顔を上げた彼女は、何事もなかったかのような笑みを浮かべる。それは、いつも元気の元気に満ちた表情ではなかった。
今にも泣き出してしまいそうな、悲しみを隠そうとする笑顔。彼女が何かに対して隠そうと、強がっている時に見せる表情だ。
ポエはなぜそんな表情を彼女がするのか分からなかった。けれど、それを彼女に問いかけることはどうしてもできなかった。
そして、六日後の黄昏の刻。多くの民が正装に身を包み、白い建物の中にある集会場に集まった。
人々はにぎわいを見せず、ただ静かに族長が現れるのを待っていた。純白の翼が、西に沈みつつある太陽の光に当たり、オレンジ色に染まっていた。
「たくさん来てるね……」
ポエは一人呟いた。
ゆっくりとした動作で当たりを見渡す。皆は一様に口を閉ざし、どこか緊張した面持ちをしている。
「ここにいる人たち、みんな行くのかなぁ」
「……たぶんね」
隣にいるノエルの呟くような、ともすれば聞き逃してしまいそうな声に、ポエは首を傾げた。六日前のあの日あの時から、ノエルの元気がない。
いったいどうしたのだろうか。彼女にそれを問いかけようにも、どう言葉をかけたらいいのかはばかられた。
「……あ、族長が来たよ」
ポエが口を開きかけた時、ノエルが言った。言葉を成す機会を失った言葉は空気に消えて、ポエは何も言うことなく前を向いた。
白い煉瓦作りの床に響く靴の音。族長がやって来た。
「皆、集まってくれてありがとう。今から〈旅立ちの儀〉を行うが、そんなに長くはならないので静かに聞いていて欲しい」
そう言うと、言葉も少なめに彼は歩いてきた道を戻っていた。
そして彼と入れ替わるように長髪の麗しい女性が姿を現した。
集まった人々の間から「エステルさんだ」という声が、ちらほらと上がった。ポエもノエルも、彼女を知っていた。
この里に暮らす者で、彼女を知らない者はいないだろう。その美しい容姿と、小鳥のような高く澄んだ声に、皆から〈唄姫〉と称されている女性。
族長の妻である、エステルだ。
彼女は皆の前で一礼すると、瞼を閉じ、清爽な空気を吸い込んだ。澄み切った空気が体内を巡り、力ある言葉を発する為の源となる。
これは皆を守るための神の言葉を綴った唄。
エステルは、唄い始めた。
吹き抜けた風 時を越えて
巡り揺蕩う 白の
久遠の言葉 探し求め
遙かな空へ 舞い上がる
遠くから聞こえてくる唄姫の声を聞きながら、クロスと天空神は向き合っていた。
まさか、今日のこの日にここへやってくるとは思わなかったが、これもまた天空神の気まぐれなのだろう。
「良き声だ。さすが唄姫だな」
「里一番ですよ」
彼女が誉められると、なぜか自分が誉められたかのようについ嬉しくなる。
クロスの言葉に、天空神は微笑を浮かべた。
けれど、それもつかの間すぐに表情は険しいものになった。
「これから辛いことが沢山あるかもしれぬ……だが、それを乗り越えてほしい」
「はい」
傲慢であり気まぐれな神であるからこそ、どこまでも無慈悲であればいいのにと、クロスは内心思った。
――そんな辛そうな表情をするくらいなら。
彼は時に甘く、優しい。だからこそ、彼もまた苦しみを抱いていた。
「我にはできぬこと、できぬものを……君たち〈渡り鳥〉は持っている。空を翔けることのできる、この界で唯一、翼を持つ君たち〈渡り鳥〉になら、託せる」
その昔、空の蒼さに惹かれた生き物は、神に『翼がほしい』と願ったそうだ。何十年、何百年。何千年という時を経て、神はその生き物の切なる願いに応えた。純白に輝く翼を与えて、名を与えた。
それが〈渡り鳥〉の誕生。
そして、生き物に翼を与え、名を与えた神が天空神ロスト=フィア。
神であり彼らの親でもあるロスト=フィアは、世界の調和を保つために、我が子に翼を、神の力の一部を与えた。
その力の代償が〈宿命〉。神の力は強大で、時としてそれは己が身をも滅ぼしてしまう。
〈魂送り〉は、そんな彼らの持つ力を昇華させる為のものでもある。力を言葉に、言葉を唄に。
そして、力をすべて使うと〈渡り鳥〉は役目を終える。
真実の裏に隠された本当の真実。これを知るのは天空神ロスト=フィア神のみ。
それ故に彼は〈渡り鳥〉を愛すのだ。願いと代償の元に生きることになった、彼らのことを。
「ロスト=フィア神……あなたは、私たちが好きなんですね」
クロスの言葉に、天空神ははっとして顔を上げた。彼の凪いだ瞳とぶつかり、ふっと微笑んだ。
「…………そうだな。我は、君たち〈渡り鳥〉が好きだ」
きっとこれからも変わらないのだろうこの気持ちは、これから先も無くしたくないもので。
「ありがとうございます。俺たちも、あなたが好きです。……だから、そんな悲しそうな顔しないで下さい」
「っ!?」
だからこそ、クロスは天空神の思うところを感じ取ることができたのだろうか。
目を見張る天空神に、クロスは強い口調で言った。
「俺たちは、大丈夫ですから」
「……そうか」
親子の絆。心の底で繋がっている絆は、昔も、今も、そしてこれからも途切れることなく繋がっていく。
天空神は瞼を落とし、右手を左胸に添えた。
「良き風が〈渡り鳥〉に吹くことを」
その言葉が終わると同時に天空神の姿が消えた。淡い光の燐光が彼のいた場所にかすかに残り、涼やかな風がクロスの頬をなでた。
「ロスト=フィア神……」
「……行ったか」
いつの間にいたのだろう、クロスの背後にアーヴィンが立っていた。
彼もまた天空神の言葉を聞いていたのだろう。空へと視線を向けている彼に、クロスもまたそちらへ視線を投じた。
闇の空を遠く眺め
ヒカリが見えた空
夜明けの風を頬にうけ
旅立つあの
穏やかで繊細な〈唄姫〉の声が、余韻を残しながら空高く響いていった。
「すごい、綺麗だった……」
すでに唄は終わり、〈旅立ちの儀〉も終了していたが、余韻に浸っていたポエはまだそこにいた。彼女と、そしてノエルの他に人影は無い。
「すごかった、すごかったよ! ノエルもそう思う……」
興奮冷めやらぬままにノエルに話しかけようとして、ポエは息を呑んだ。
「ノエル、泣いてるの?」
「えっ……」
ポエの言葉に、ノエルははっとした。いつの間にか瞳から涙が溢れ、頬を伝って流れていく。
ポエは訳が分からず、ただ彼女の涙を拭う手拭きを渡すことしかできなかった。
「どうしたの、ノエル?」
ぐずぐずと溢れでる涙を拭うノエルは、苦しそうに笑みを浮かべようとした。それは失敗して、何ともいえない表情になってしまっているけれど。
「……明日、行っちゃうんだよね」
「…………うん」
泣きながらの声に、思わずポエも泣きそうになってしまう。
「……私は、翼がないから、一緒に行けない……。けど、頑張ってね」
その言葉に、ポエはようやく気づいてしまった。六日前から、どうして彼女に元気がなかったのかを。
彼女には、本来あるべきはずの翼がない。それ故に空を翔ることができない。
つまり、ノエルは〈魂送り〉に参加することができないのだ。ポエと共に空を翔ることができない、その悲しさを押し殺していた。表に出さず、ずっと隠していこうと思っていたのだろう。
それが、今になって涙となって出てきてしまったのだ。
「元気でね、ポエ」
きっと、これから再び会うことはできないのだろう。魂の奥底にある本能が、そう告げている気がした。
それでも「さよなら」を言う勇気は出てこなかった。
「うん、ノエルも……元気で」
元気でいることを、空のどこかで願わせてください。
「あ、そうだ。これ、ノエルに」
ポエはショルダーバッグを開けて、それを取り出した。彼女に渡すために作った、ただ一つのもの。
「これって……」
「うん。ノエルと選んだ装飾石で作った腕輪」
それはあの集会があった日に、一緒に選んだ装飾石を繋いだ腕輪だ。あの時は、まさかこんなことになるとは思ってもみずに、いつかノエルに渡すためにと買ったのだが。
こんなにも早く渡す時がくるとは想像もしていなかった。
「それと、絹布で作ったリボン」
いつも彼女の胸元にはリボンがあった。腕輪を作っている時に、ふと思い立って急いで作った絹布のリボン。花を象った飾りのあるそれを腕輪と一緒にノエルに手渡す。
「ノエルにあげる。だから、私のこと、忘れないで……っ」
最後の方は、半分泣いてしまっていた。
こんなにも早い別れをしたくないと、心の底で叫んでいる。
「……やっぱり、いやだよっ!」
それの思いはノエルも同じだった。
腕輪とリボンを差し出したポエの手を、ノエルはとらなかった。ただ、溢れだした涙を抑えるために、顔を手で覆う。
「ノエル!?」
「私、いやだよ! ポエと別れたくないっ。……ポエもそうでしょう?」
感情をむき出しにしたまま、ノエルの叫びが耳に届く。
「……うん、私だって、ノエルと別れたくない」
「だったら……」
ずっとここにいようよ、と言いたかったノエルの言葉は音にならなかった。
「でもね、ノエル。私、自分で決めたことは最後まで絶対にやり遂げたい」
ポエは、そう強く言った。
「…………そっか」
ノエルは彼女の言葉に、頷いた。彼女がそう言うのならば、もう何を言っても彼女の行いを止めることはできない。
ここが最後の別れだ。
「……ありがとう、ポエ。ずっと……ずっと大切にするからね」
二つの贈り物を手に取り、抱きしめる。これから別れてしまう友の最後の贈り物。無機物のそれは温度を感じないはずなのに、とても暖かい気がした。
「それじゃあ、ポエ、これあげる」
ノエルは、胸元のリボンをしゅるりとほどいた。ピンク色のこのリボンは自分のお気に入りで、いつも使っているものだ。
ポエに近づくとそれを首に回して、簡単に蝶々の形に結ぶ。
「これ、ノエルのリボン……ありがとう」
ポエの感謝の言葉に、ノエルは笑った。そして自分には先ほど彼女から受け取ったリボンを結ぶ。
「えへへ、似合う?」
「うん!」
そして、二人は最後の別れを惜しむかのように抱き合った。これからもうこの温もりを感じることができなくなってしまうのだと思うと、悲しくなる。
けれど道は定まってしまった。もう、歩みを止めることはできない。
ふと、唐突に風が吹いた。ぶわりとポエとノエルの髪を翻し、二人は空を見上げる。
「……あ、鳥だ」
黄昏に染まる空に、真っ白い鳥が翼を広げていた。風を受けて飛び去っていくその姿を、二人はずっと見つめる。
「大きい……もしかして、天空神かな? 白い、大きな鳥の姿をしてるって伝えられてるし」
「たぶん……ううん、きっとそうだよ」
ばさり、と翼を打ち鳴らす白い巨鳥。
「〈渡り鳥〉に良き風を――――」
そう呟いた天空神の声は、風に流れて里中を巡っていった。