ずざざざっと、地面を激しくこする音が響く。
「っぅう……」
体中を走り回る痛みに、思わずミーシャは顔をしかめた。背中が火を発したかのように熱く、ビリビリと痺れていた。
「……大丈夫、か?」
耳に届いた声、ミーシャは瞼を持ち上げる。
「…………なんとか」
視界に入ったラシュウの顔を見て、ほっと息を吐く。
「立てるか?」
「うん」
悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、少女は立ち上がる。
「すまん……まさか、風まで操るとは思わなかった……」
「いや、大丈夫。……え、あの龍……風も、操るの……?」
そうだ、とラシュウは頷く。同時に、どすん、と地面が鳴動した。二人して、門の向こう、暗闇の通路へと視線を向けた。
四つの瞳が、闇の中できらめいた。
『もう逃げられぬ。我が力で死するといい』
巨体がどんどん近づいてくる。太い四肢に備わった黒い爪が、歩くたびに地面をえぐった。
左の龍の瞳が煌いた。
同時に顎が開き、炎の
「うわっ」
「きゃあっ」
叫び声を上げながら、二人して飛び退く。
闇に近かったこの場所が、一瞬だけ明るくなった。骨をも焼き尽くすといわれている龍の炎の息吹が舐めたその部分は、どろどろに溶けていた。
「うそぉ……」
その有様を見たミーシャは、呆然と立ち尽くした。その隙を逃さず、龍は再び炎を放った。
目の前に迫る炎を肌で感じ、ミーシャは目を瞑った。
――――やばい!
「<風紋>っ!」
響いた切羽詰った声と同時に、ミーシャの目の前に風が集まり、それが炎とぶつかって掻き消える。
その様を見ていたラシュウは慌てて龍の意識をこちらに向くように風を放った。
「早く隠れろ! 死にたいのかっ!?」
ラシュウの叫びに、ミーシャははっと我に返って走り出した。龍の炎をくらわないように、物陰に隠れながら。
一本の柱の陰に身を隠し、荒れた息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
左胸に手をあてて、全力疾走している心臓をなだめる。
だが、緊張と恐怖でなかなか心臓をなだめることが出来ない。
「<風波>!」
柱の向こうで、ラシュウの声が響き渡る。少しの間を置いて、龍の叫びが上がった。
『我に、我に歯向かう者ォォォ、我に歯向かう者ォォォォォオ!』
双頭の竜が咆哮を上げた。
地面が震え、微かに、神殿内が揺れた。
「……なんか、体が動かないっ?」
「ぐあっ!」
ミーシャの呟きに、ラシュウの叫びが重なった。柱の陰から出ようとするが、意に反して体が動かない。
妙にビリビリと、電気が走ったような感じがした。
「……もしかして<魔声>?」
龍の声には、不思議な力が宿っているという。
声だけではなく、瞳もそうだ。
魔の力を持つその瞳と声を、人々を恐れて、龍の<魔眼>、<魔声>と呼んだ。
大抵の龍は<魔声>しか使っていない――いや、使えないのかもしれない――が、何千年何万年と生きた龍は、<魔眼>も使うとの話だ。
「ラシュウ! ラシュウ!」
「…………大丈夫、だ。お前は!?」
彼の声にあまり力が入っていない。
そのことを気にしながらも、ミーシャは心配をかけないよう大丈夫と言った。
「大丈夫ならさっさと場所を移動しろ! そこは危ないっ」
早速先ほどの言葉が裏目に出ましたよ。
彼に泣きつきたいほどだが……動きたくても、動けない。
「動きたいけど、動けないよ〜」
「はぁ!?」
意外な返答に、ラシュウは思わず力を抜いてしまった。
龍の瞳が残酷にきらめいた。
顎を大きく開けて、炎を放つ。
その矛先は、ラシュウと柱に向けられていた。すかさず風を放つも炎の玉は消えず、ラシュウに直撃した。
「っつぅ!」
腕をクロスさせて、直撃した炎の勢いに後ろへ吹き飛ばされる。
一瞬意識が吹っ飛び、気づいた時には地面に倒れていた。頭がガンガンと痛みが走り、口中は血の味がした。
立ち上がろうとして、だが、体全体に力が入らない。
「<魔声>の力か……っ」
先ほど、ミーシャが「動けない」と言った。たぶん、龍の咆哮にその力があったからだろう。
「……ミーシャ!?」
ということは、柱の影に隠れていたミーシャは動けない。龍の放った炎は、自分と、柱に向けられていた。
炎の玉が直撃した柱は粉々に粉砕されていた。崩れた瓦礫の下に、彼女が倒れている。
「ミーシャ! ……っ!」
龍の<魔声>と先ほどの攻撃で、思うように体が動かない。
倒れいている彼女の名を呼ぶが、気絶しているらしく彼女はピクリとも動かない。
『なんと人間は弱きもの……その命、我が主のために』
にたり、と龍の口端がつり上がった。
「くそ……っ」
なんとか体を起こし、だが地面に片膝をついたまま動くことが出来ない。
――――頼む、動け! 動いてくれ!!
龍の口が開いた。熱風が辺りに広がり、そして、灼熱の炎がミーシャに向かって放たれた。
――――……俺は、また守れないのか…………?
ラシュウは心の中で呟いた。
刹那、両耳と両腕を飾る金の輪が、ぴしっと音をたてて弾け飛んだ。