その巨像の姿は、龍。門に刻まれていた双頭の龍だ。
『我が主に逆らいし者、この双頭の龍ルシフィアが打ち倒してくれよう』
右の頭が、古風な物言いで喋った。それが合図だったかのように、双頭の竜の瞼が開いた。
赤く細長い瞳孔の瞳がぎょろりと動き、二人の姿を確認する。
『我が主に逆らいし者、今ここで死を与えようぞ!』
「あ、あたえなくていいですっ」
双頭のうち、左の頭の
熱風が龍の口から吹き出され、刹那、炎が放たれた。
「いやぁっ!」
叫び声を上げながら、ミーシャは手に持った杖を振る。そこから風が生まれ、彼女を守る不可視な壁となった。
龍の口から放たれた炎は、ミーシャの生みだした風の壁にぶつかり、ぶわりと消え失せる。
炎によって熱せられた風が頬をなでた。風に紛れて、火の粉も飛んでくる。
「な、なんか……力が出ないっ!?」
「結界のせいだ。この部屋全体に結界が張ってあって、それが力を抑え込んでいるんだっ」
再び龍の口から炎が放たれた。今度は左右の二つの口から。
ラシュウは難なくそれをかわし、ミーシャは風の壁をつくって防ぐ。
「そ、それじゃあ為す術なしってこそ!?」
「口を開けている暇があるなら手と足を動かせ!」
ラシュウに叱咤されて、ミーシャは口を閉ざして杖を振るった。
「薄い壁でも、何重に折り重なれば頑丈な壁になる」
呟きに近い言葉が耳に届き、ミーシャは心の中で納得しつつ、素早く手を、杖を動かした。
放たれる炎が風の壁を粉砕し、新たに風は壁を作り上げる。
僅かに風の動きの方が速かった。
『小癪な真似を……』
右の頭が唸るように呟いた。同時に、左の頭の顎から炎が放たれる。
「このままじゃ、やられちゃうよっ」
だんだん焦りを感じてきたミーシャ。思うように手が動かず、気持ちだけが逸る。
「うるさいっ。……いいか、よく聞け。今からこの部屋を出てあの場所に行く」
「! どうし……」
「つべこべ言わずに俺の言うとおりにしろ」
ミーシャの言葉を遮って、ラシュウは声を上げた。
「俺が奴の攻撃を防いでいる間に門を開けろ、いいな?」
「……分かった」
むすっと眉を寄せながらも、ミーシャは彼の言葉に従うことにした。
ちょうど門まで走っていける距離にある。ラシュウがいれば、なんとかなるだろう。
「行くよ!」
その声を合図に、二人は動き出した。ミーシャは門に向かって走り、ラシュウは風を起こし、龍の攻撃を防ぎつつ攻撃した。
たん、たん、たん、と靴の音が部屋に響き、そして止まる。
――――そういえば、門は開けっ放しだったっけ……。
そう心の中で呟きながら、ミーシャは
「ラシュウ!」
「いいから早く行け!」
彼の返答にいささか戸惑う素振りを見せたが、少女は門を出た。それを肩越しに見ていたラシュウは、両の手の中に風を集め、龍の顔めがけて投げる。
見えない衝撃が、双頭のうち右の頭にくらった。
『っがぁ……!』
龍がうめき声を上げているその隙に、ラシュウは開いていた門から部屋の外に出た。
「あ、やっと出てきた」
「馬鹿っ。貴様なぜここにいる!」
「だ、だって、ラシュウが出てこないんだもん……」
「……ともかく、走るぞっ」
言葉の終わりと同時に、背後で轟音が響いた。
ぎょっとしたミーシャが後ろに顔を向けると、龍が咆哮した。
「えぇっ!」
「走れ!!」
ミーシャの叫びとラシュウの叫びが上がったのはほぼ同時。ラシュウは腕を振り上げて、意識を集中させる。
ひしひしと、風の強い波動を感じた。
「よし……っ!」
集まってきた風を、龍に向かって放つ。球体だったそれは徐々に姿形を変え、最終的に刃となって龍の体に直撃した。
『そのような微風で我を倒すことなどできぬ!』
天にも響きそうな声が轟き、ラシュウは舌打ちする。
そして、身を翻して先に走っているミーシャの後姿を確認しながら宙を駆けた。
「もっと速く走れ! 追いつかれるぞっ!」
「そ、そんなこと言われたってぇ〜」
後ろから聞こえた声に、ミーシャはなさけない声を上げる。と、背後から熱風が吹いてきた。
――――――ま、まさか!
肩越しに振り返り、ミーシャはそれを見て泣きそうになる。
「うわぁー!!」
どん、どん、と地鳴りが響き、後ろからは炎が迫ってきていた。龍の放った炎だ。
そこに、その炎の前にラシュウが立ちはだかり、両手を前に向ける。
「<
集まった風が即座に波紋と化す。迫ってきていた炎はその風とぶつかり、炎だけが消滅した。
「その力……」
「結界はあの部屋だけだ。外に出れば問題ない」
「あ、そう……わっ!」
崩れた壁の
――どのくらい走り続けただろうか。そろそろ足も限界に達する、という時。
「……見えた!」
あの場所――――ミーシャとラシュウが落ちた、あの場所に通じる崩れた門が見えた。
あともう少し。
「風――っ!」
切羽詰ったラシュウの声が、途中で切れた。
刹那、激しい衝撃が二人を襲い、吹き飛ばされた。