四話 蠢きはじめた闇 5

 その巨像の姿は、龍。門に刻まれていた双頭の龍だ。

『我が主に逆らいし者、この双頭の龍ルシフィアが打ち倒してくれよう』

 右の頭が、古風な物言いで喋った。それが合図だったかのように、双頭の竜の瞼が開いた。
 赤く細長い瞳孔の瞳がぎょろりと動き、二人の姿を確認する。

『我が主に逆らいし者、今ここで死を与えようぞ!』

「あ、あたえなくていいですっ」

 双頭のうち、左の頭の(あぎと)が開く。
 熱風が龍の口から吹き出され、刹那、炎が放たれた。
「いやぁっ!」
 叫び声を上げながら、ミーシャは手に持った杖を振る。そこから風が生まれ、彼女を守る不可視な壁となった。
 龍の口から放たれた炎は、ミーシャの生みだした風の壁にぶつかり、ぶわりと消え失せる。
 炎によって熱せられた風が頬をなでた。風に紛れて、火の粉も飛んでくる。
「な、なんか……力が出ないっ!?」
「結界のせいだ。この部屋全体に結界が張ってあって、それが力を抑え込んでいるんだっ」
 再び龍の口から炎が放たれた。今度は左右の二つの口から。
 ラシュウは難なくそれをかわし、ミーシャは風の壁をつくって防ぐ。
「そ、それじゃあ為す術なしってこそ!?」
「口を開けている暇があるなら手と足を動かせ!」
 ラシュウに叱咤されて、ミーシャは口を閉ざして杖を振るった。
「薄い壁でも、何重に折り重なれば頑丈な壁になる」
 呟きに近い言葉が耳に届き、ミーシャは心の中で納得しつつ、素早く手を、杖を動かした。
 放たれる炎が風の壁を粉砕し、新たに風は壁を作り上げる。
 僅かに風の動きの方が速かった。
『小癪な真似を……』
 右の頭が唸るように呟いた。同時に、左の頭の顎から炎が放たれる。
「このままじゃ、やられちゃうよっ」
 だんだん焦りを感じてきたミーシャ。思うように手が動かず、気持ちだけが逸る。
「うるさいっ。……いいか、よく聞け。今からこの部屋を出てあの場所に行く」
「! どうし……」
「つべこべ言わずに俺の言うとおりにしろ」
 ミーシャの言葉を遮って、ラシュウは声を上げた。
「俺が奴の攻撃を防いでいる間に門を開けろ、いいな?」
「……分かった」
 むすっと眉を寄せながらも、ミーシャは彼の言葉に従うことにした。
 ちょうど門まで走っていける距離にある。ラシュウがいれば、なんとかなるだろう。

「行くよ!」

 その声を合図に、二人は動き出した。ミーシャは門に向かって走り、ラシュウは風を起こし、龍の攻撃を防ぎつつ攻撃した。
 たん、たん、たん、と靴の音が部屋に響き、そして止まる。
 ――――そういえば、門は開けっ放しだったっけ……。
 そう心の中で呟きながら、ミーシャは精霊(エルフ)の名を叫んだ。
「ラシュウ!」
「いいから早く行け!」
 彼の返答にいささか戸惑う素振りを見せたが、少女は門を出た。それを肩越しに見ていたラシュウは、両の手の中に風を集め、龍の顔めがけて投げる。
 見えない衝撃が、双頭のうち右の頭にくらった。
『っがぁ……!』
 龍がうめき声を上げているその隙に、ラシュウは開いていた門から部屋の外に出た。
「あ、やっと出てきた」
「馬鹿っ。貴様なぜここにいる!」
「だ、だって、ラシュウが出てこないんだもん……」
「……ともかく、走るぞっ」
 言葉の終わりと同時に、背後で轟音が響いた。
 ぎょっとしたミーシャが後ろに顔を向けると、龍が咆哮した。
「えぇっ!」
「走れ!!」
 ミーシャの叫びとラシュウの叫びが上がったのはほぼ同時。ラシュウは腕を振り上げて、意識を集中させる。
 ひしひしと、風の強い波動を感じた。
「よし……っ!」
 集まってきた風を、龍に向かって放つ。球体だったそれは徐々に姿形を変え、最終的に刃となって龍の体に直撃した。
『そのような微風で我を倒すことなどできぬ!』
 天にも響きそうな声が轟き、ラシュウは舌打ちする。
 そして、身を翻して先に走っているミーシャの後姿を確認しながら宙を駆けた。
「もっと速く走れ! 追いつかれるぞっ!」
「そ、そんなこと言われたってぇ〜」
 後ろから聞こえた声に、ミーシャはなさけない声を上げる。と、背後から熱風が吹いてきた。

 ――――――ま、まさか!
 肩越しに振り返り、ミーシャはそれを見て泣きそうになる。
「うわぁー!!」
 どん、どん、と地鳴りが響き、後ろからは炎が迫ってきていた。龍の放った炎だ。
 そこに、その炎の前にラシュウが立ちはだかり、両手を前に向ける。
「<風紋(ふうもん)>!」
 集まった風が即座に波紋と化す。迫ってきていた炎はその風とぶつかり、炎だけが消滅した。
「その力……」
「結界はあの部屋だけだ。外に出れば問題ない」
「あ、そう……わっ!」
 崩れた壁の瓦礫(がれき)に足をとられて、危うく転びそうになった。なんとか持ちこたえて走り続ける。





 ――どのくらい走り続けただろうか。そろそろ足も限界に達する、という時。

「……見えた!」
 あの場所――――ミーシャとラシュウが落ちた、あの場所に通じる崩れた門が見えた。
 あともう少し。

「風――っ!」

 切羽詰ったラシュウの声が、途中で切れた。
 刹那、激しい衝撃が二人を襲い、吹き飛ばされた。

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<初稿:04/12/??/改稿:07/12/02>