四話 蠢きはじめた闇 4

「久しぶりですね」


 重い門を開けて、部屋の中に響いたのは久しぶりに聞いたあの声。
 ミーシャは驚きを隠せなかった。
「……ラスク?」
「はい、ミーシャさん」
 にっこりと、少年――ラスクがほくそ笑む。ラシュウはいぶかしげに少年を睨みつけた。
 この前にいる人物が……以前ミーシャにフルートを教えたという、少年か。
 だが、何故ここに彼がいる?
「どうして、あなたがここに……?」
 目を丸くしたまま、信じられないという面持(おもも)ちでミーシャは呟いた。

 ――――“偶然”か……それとも…………。
「この世に“偶然”なんてものはない。あるのは“偶然”という名を騙った“必然”だけ……」
「!?」
 心の中で考えていたことを読まれたかのように、ラスクの呟きにラシュウは驚きを隠せなかった。
 その瞳は、驚愕しているラシュウにまっすぐ向けられていた。
「? どういう意味?」
 先程のラスクの言葉を聞いていたミーシャが首を傾げる。
 その言葉の意味、真意を知っているのは――――
「そうですね……神にでも聞いてみたらどうですか?」
「神? 風伯さまのこと?」
 再度首を傾げるミーシャを見て微笑み、視線だけをラシュウに向けて、ほくそ笑んだ。
 向けられた視線を受けて、ラシュウは半眼になる。

 ――やっぱり、こいつ…………っ!

 ラシュウは右腕に力を込めて、風の刃を作ろうとした。
「おっと、無闇にに動かない方がいいよ? ここには力の強い結界も張ってあるしね」
 少年の言葉を聞き、ラシュウは目だけを自分の右腕に向ける。
 腕に絡まっている風が目に映るが、肝心の刃は出来上がっていなかった。
 ということは、結界が張ってあるのは本当のようだ……他にも、何か仕掛けがしてありそうだが……。
 ぎりりっと奥歯を噛む。これでは、反撃はおろか防御もできない。
「……ラシュウ?」
 何かを感じとったのか、ミーシャが精霊(エルフ)の名を呼ぶ。
「ミーシャさん、どうして僕がここにいるのか、知りたいですか?」
 唐突な問いかけ。ミーシャとラシュウはいぶかしげに少年を見つめた。
「……あなたを殺すため、とでも言っておきましょうか」
 少年は笑顔のまま、残忍な言葉を発した。
「え……」
「貴様っ!」
 ミーシャの大きな瞳が揺れる。
「でも、あなたを殺すのは最終手段ですよ? 僕たちの目的は…………そう、神だけですから」
 ラスクの瞳に、残虐な光が宿った。
「神を引きずり出せればそれでいい、ただそれだけのことさ」
「……貴様、黒幕は誰だ?」
 ラシュウの言葉に、ラスクの眉が微かに動いた。ミーシャは呆然としたまま、ラシュウはさらに続ける。
「貴様はさっきの発言で『僕たち』と言った……。あの日、アルセウス島でも、貴様らがやったのか!?」
「ラシュウ、それってどういう……」
 ミーシャの呟きは、最後まで音にならない。
 以前アルセウス島で風がよどんだことがあった。
 ミーシャは<風の民>だから大事には至らなかったものの、この少年、ラスクはただの人間だから、普通なら死に至るはずだった。
 ――いや、人間だったら、の話だったが。
 彼は人間という存在ではない。ノーディウルという魔物の少年。
「……んーおしゃべりが過ぎたようだ。これ以上話すことは何もないよ」
「貴様!!」
 力任せに、ラシュウは右腕を振り上げた。
 風の力が僅かながらも彼の手の中に集まり、そして振り下ろす。
 風の波動が一直線にラスクのもとへ向かった。
 だが、彼はひらりと手を振ると、その風の波動を相殺した。
「さすが、とでも言っておこうか。でも、ここではそれが限界かな? ……まあ、そういう僕もここじゃあ無力だけどさ」
「ちっ……」
「そういうわけで、君たちにとっておきのプレゼントだよ」
 どこから取り出したのか、いつの間にか彼の手の中には鈴があった。土で作られた、飾り気のないものだ。
 手を逆さにして、土鈴が、手から滑り落ちる。


 キ――――――――ン…………


 高い音を響かせて、鈴は粉々に砕け散った。
 数秒の間が経った後、どこからか地鳴りがした。
「な、なに……っ」
「それじゃあ、僕はこれで失敬するよ」
「待てっ!」
 ラシュウの声がむなしく響く。ラスクの姿は、塵のように消えていった。

 ――刹那。

 ドオン! という激しい音と砂埃が部屋の中を埋め尽くした。耳の奥まで音が木霊して、頭が痛い。
「――<風紋>」
 どこかでラシュウの声がした。それと同時に、清らかな風の流れが頬をなでる。
 ぶわっと強風が吹いたと思った瞬間、部屋に充満していた砂埃が消え去っていた。
「大丈夫か?」
 びくっと肩が揺れる。すぐ耳元で声がしたからだ。けして驚いたわけじゃない、と意味不明な言葉を並べて自分を落ち着かせる。
「だいじょうぶ」
「なら……すぐ立てっ!」
 最後の方の言葉はほぼ叫びと化していた。わけが分からず、ミーシャはただラシュウに従う。
 ドオン! と再び地面が揺らいだ。しかも、すぐ近くで。
「な、なにあれ……」
「たぶん、石像だろうな……」

 二人の目の前に、まさしく石像が立っていた。

BACK : TOP : NEXT

<初稿:04/12/??/改稿:07/12/02>