「久しぶりですね」
重い門を開けて、部屋の中に響いたのは久しぶりに聞いたあの声。
ミーシャは驚きを隠せなかった。
「……ラスク?」
「はい、ミーシャさん」
にっこりと、少年――ラスクがほくそ笑む。ラシュウはいぶかしげに少年を睨みつけた。
この前にいる人物が……以前ミーシャにフルートを教えたという、少年か。
だが、何故ここに彼がいる?
「どうして、あなたがここに……?」
目を丸くしたまま、信じられないという
――――“偶然”か……それとも…………。
「この世に“偶然”なんてものはない。あるのは“偶然”という名を騙った“必然”だけ……」
「!?」
心の中で考えていたことを読まれたかのように、ラスクの呟きにラシュウは驚きを隠せなかった。
その瞳は、驚愕しているラシュウにまっすぐ向けられていた。
「? どういう意味?」
先程のラスクの言葉を聞いていたミーシャが首を傾げる。
その言葉の意味、真意を知っているのは――――
「そうですね……神にでも聞いてみたらどうですか?」
「神? 風伯さまのこと?」
再度首を傾げるミーシャを見て微笑み、視線だけをラシュウに向けて、ほくそ笑んだ。
向けられた視線を受けて、ラシュウは半眼になる。
――やっぱり、こいつ…………っ!
ラシュウは右腕に力を込めて、風の刃を作ろうとした。
「おっと、無闇にに動かない方がいいよ? ここには力の強い結界も張ってあるしね」
少年の言葉を聞き、ラシュウは目だけを自分の右腕に向ける。
腕に絡まっている風が目に映るが、肝心の刃は出来上がっていなかった。
ということは、結界が張ってあるのは本当のようだ……他にも、何か仕掛けがしてありそうだが……。
ぎりりっと奥歯を噛む。これでは、反撃はおろか防御もできない。
「……ラシュウ?」
何かを感じとったのか、ミーシャが
「ミーシャさん、どうして僕がここにいるのか、知りたいですか?」
唐突な問いかけ。ミーシャとラシュウはいぶかしげに少年を見つめた。
「……あなたを殺すため、とでも言っておきましょうか」
少年は笑顔のまま、残忍な言葉を発した。
「え……」
「貴様っ!」
ミーシャの大きな瞳が揺れる。
「でも、あなたを殺すのは最終手段ですよ? 僕たちの目的は…………そう、神だけですから」
ラスクの瞳に、残虐な光が宿った。
「神を引きずり出せればそれでいい、ただそれだけのことさ」
「……貴様、黒幕は誰だ?」
ラシュウの言葉に、ラスクの眉が微かに動いた。ミーシャは呆然としたまま、ラシュウはさらに続ける。
「貴様はさっきの発言で『僕たち』と言った……。あの日、アルセウス島でも、貴様らがやったのか!?」
「ラシュウ、それってどういう……」
ミーシャの呟きは、最後まで音にならない。
以前アルセウス島で風がよどんだことがあった。
ミーシャは<風の民>だから大事には至らなかったものの、この少年、ラスクはただの人間だから、普通なら死に至るはずだった。
――いや、人間だったら、の話だったが。
彼は人間という存在ではない。ノーディウルという魔物の少年。
「……んーおしゃべりが過ぎたようだ。これ以上話すことは何もないよ」
「貴様!!」
力任せに、ラシュウは右腕を振り上げた。
風の力が僅かながらも彼の手の中に集まり、そして振り下ろす。
風の波動が一直線にラスクのもとへ向かった。
だが、彼はひらりと手を振ると、その風の波動を相殺した。
「さすが、とでも言っておこうか。でも、ここではそれが限界かな? ……まあ、そういう僕もここじゃあ無力だけどさ」
「ちっ……」
「そういうわけで、君たちにとっておきのプレゼントだよ」
どこから取り出したのか、いつの間にか彼の手の中には鈴があった。土で作られた、飾り気のないものだ。
手を逆さにして、土鈴が、手から滑り落ちる。
キ――――――――ン…………
高い音を響かせて、鈴は粉々に砕け散った。
数秒の間が経った後、どこからか地鳴りがした。
「な、なに……っ」
「それじゃあ、僕はこれで失敬するよ」
「待てっ!」
ラシュウの声がむなしく響く。ラスクの姿は、塵のように消えていった。
――刹那。
ドオン! という激しい音と砂埃が部屋の中を埋め尽くした。耳の奥まで音が木霊して、頭が痛い。
「――<風紋>」
どこかでラシュウの声がした。それと同時に、清らかな風の流れが頬をなでる。
ぶわっと強風が吹いたと思った瞬間、部屋に充満していた砂埃が消え去っていた。
「大丈夫か?」
びくっと肩が揺れる。すぐ耳元で声がしたからだ。けして驚いたわけじゃない、と意味不明な言葉を並べて自分を落ち着かせる。
「だいじょうぶ」
「なら……すぐ立てっ!」
最後の方の言葉はほぼ叫びと化していた。わけが分からず、ミーシャはただラシュウに従う。
ドオン! と再び地面が揺らいだ。しかも、すぐ近くで。
「な、なにあれ……」
「たぶん、石像だろうな……」
二人の目の前に、まさしく石像が立っていた。