ぼーっと鳥が餌をついばむ様を見ていると、ぽかりと誰かに頭を殴られた。
「おい、そこのアホ
「……そんな顔してないっ」
眉を寄せて頬を膨らませるミーシャ。
そんなことはお構いなしに、ラシュウはミーシャの肩の上に座った。
「町の見物は終わったのか?」
「うーん、まあ、大体は見て回ったと思うよ」
町中を見て回った、とは言っても本当に歩き回っただけにすぎない。
それに、と見物よりも買い物の方に意識が飛んでいたから、見物どころではなかったような気がする。
「食料の確保もしようとしたらさぁ、こんなの貰っちゃったー」
肩から提げているポーチの中をがさごそとあさり、それを見つけてつかみ出す。
それは、あの老店主から貰った青い石の飾りがついたペンダントだった。
「………………っ!?」
興味なさげな瞳をペンダントに向けたラシュウは、刹那、かっと瞳を大きく見開いた。
ミーシャの肩から舞い上がると、そのままミーシャの手の中にあるペンダントに釘付けになる。
「……これを、どこで?」
「え?」
「これをどこで手に入れたっ!?」
唐突に罵声を上げるラシュウに、びくっと肩が震えた。
これ以上ないほど目を見開き、そして眉を寄せる。
「どこって……だから、その食料買った所――――」
いきなりのことに口がうまく回らない。
「すぐそこに案内しろっ!」
いつもとは違うラシュウの雰囲気に、ミーシャは気圧されながらも、彼の言うとおりにした。
くるりと身を翻して、あの店へと走る。
ラシュウは奥歯をぎりりっと噛みしめながら、その背を追った。
――何故、そんなものがあるんだッ!
何故、今になってそんなものが……ッ!
駆け抜ける町並み。
人混みの少ない道を走りながら、ミーシャは手の中にあるペンダントを強く握った。
……ラシュウがあんな顔するなんて、初めて見た……。
ついさっきの光景が脳裏に甦る。
ペンダントを見て、驚いた顔をしたラシュウ。そして、瞳が、悲しみを訴えていた。
はぁはぁと息を切らせ、一旦ミーシャは立ち止まった。
あの場所への道のりが思い出せない。
つい先程のことなのに、遠い昔のことのように思えて、まるで、霞がかっているようにおぼろだ。
「はぁはぁ…………あれ、どこ、だっけ……」
膝頭に手を置いて、息を整える。深く、何回も深呼吸をして、顔を上げた。
もう、見慣れてしまった煉瓦の町並みが広がる。
「なんで……思い出せない……」
どの道も同じように見えてしまい、頭が混乱する。
何故ラシュウがあんな顔をしたのか、その理由がこのペンダントにあるのなら、あの場所に何かあるかもしれないのに。
焦りがそのまま思考を鈍らせていく。
「……そのまま動くな」
ラシュウの声がしたのと同時に、頭の後ろに何かが触れた。
はっ、として一瞬だけ息が止まる。後頭部に、ラシュウの小さな五指が触れていた。
「……我が声に、風の飛よ、応えよ」
小さく呟く声。
すると、ラシュウの指先から風の気が広がっていった。心地よい気の流れがミーシャの全身を包み込む。
目を閉じてその風に身を任せていると、ふわりと瞼の奥で光が閃いた。
「…………ぁ」
霞がかった記憶が、徐々に甦ってきた。
脳裏を、光の閃光のように駆け抜けていく。
「こっちだ」
再びミーシャは駆け出した。
その後姿をじっと見つめながら、ラシュウはぼそりと呟いた。
「記憶操作の呪い……一体、誰が……」
瞳の奥に暗い炎を灯しながら、ラシュウはミーシャの後を追った。
※
「……そう、ここで…………右」
独りごちりながら、ミーシャは道を右に曲がった。さらに少し走って、今度は左へと曲がる。
そして……――――
「…………え?」
ざざざっと滑りながら勢いを緩めて、立ち止まる。足元から少し砂埃がたった。
「ここか?」
ラシュウが問いかける。
「うん……確かに、ここだよ」
しかし、そこにあったのは……廃墟となった、昔は店だった建物が、申し訳ない程度に廃れて残っているだけだった。
今にも崩れてきそうなその店は、かろうじて建っている。
ミーシャは唖然としながらも、扉の無くなった出入口から中に入っていった。
ばきっ、と倒れていた木製の扉を踏んで音が鳴る。中は騒然としていた。
壁に並んでいた棚が全て倒れ、腐っていた。奥のカウンターもぼろぼろだった。
「うそ……ここ、なのに…………ここのはずだよっ!?」
「……らしいな」
ラシュウは呟いた。
だが、呆然としているミーシャの耳には届かなかった。
――微かに、何かの『気』が残っている。
誰から呪文を使ってあいつに幻を見せていたのか……?
でも、誰が、何のために……。
地面の砂埃を払いながら、ラシュウは風気を放った。
「…………ちっ」
ラシュウは舌打ちして、風気を放つのをやめた。
「もうすこし『気』の力が強ければ、手がかりがあったんだろうな……」
呟きは風に流されていく。
まるでこの場所だけが時が止まっているように感じられるほど、ここは寒々としていた。
ラシュウは鋭い視線を店全体に向ける。
「……おい、早くここを出るぞ。嫌な予感が――」
ミーシャの方へ振り返り、ラシュウは絶句した。
――嫌な予感が、的中した。
「おいっ! ミーシャ!?」
壁にもたれかかるようにして、ミーシャは倒れていた。鴇色の長髪がざんばらに広がり、床を覆いつくしている。
「おい、コラ!」
ラシュウの感情が
勢いよく床を蹴ってミーシャのところへ行くと、息が詰まってしまった。
「……っ」
荒い息づかいが彼女の口から発せられている。目を瞑り、眉を寄せ、額から汗が流れていた。
さらに、ラシュウは異様な気配が店全体を包み込んだのを感じた。
「クソッ!! 一体、何だっていうんだ!」
ラシュウはミーシャの体の周りに風の結界を張り、そして、手をかかげた。
「<
かかげた手のひらから、薄緑色の風が現れた。その風が一気に収縮し、球体へと形を変える。さらにその風が水の波紋のように波打ち、辺りに広がった。
店を覆いつくしていた気配が無くなった……と思った瞬間、その気配は再び店を覆いつくした。
ラシュウは小さく舌打ちする。
「元を絶つしかないか……」
今度は、両の手のひらを顔の前で合わせて、呪文を唱える。
生暖かい風の気が彼の体から発せられ、陽炎のように揺らめく。
――刹那、彼の放つ風の気が一瞬にして店を取り囲んだ。
全体が淡い緑色の世界になり、微かに、その世界は揺らいでいた。
「……」
目を瞑り、神経を細く研ぎ澄ませていく。
「…………やはり、というべきか」
唐突に口を開いたラシュウは目を開けると、そばで壁にもたれかかって気絶しているミーシャに視線を移した。
頭から足へ、全て見渡し、探していたそれを彼女の首に見つけた。
きらりと輝く青い石の飾りがついたペンダント。
その青い石から異様な気が放たれていた。
「ったく……どうして気づかなかったんだよ、俺は」
頭をかきながら苦虫を噛み潰したような顔をするラシュウ。彼は左手をミーシャの首にかかっているペンダントの青い石の飾りに向けると、小さく呪文を呟いた。
すると、何事も無かったかのように、この場の雰囲気が戻ってきた。
異様な気配が消えて、ただの廃墟に戻る。
「記憶操作に、簡易な
様々な思いが脳裏を駆け巡っては消えていく。
どうして今こんな物があるのか、誰がこれを持ち出したのか。
謎ばかりが深まる中、昔の情景が瞼の裏側を走り抜けた。
「貴様は、俺に、何を求めているんだ……?」
呟いた言葉が、静かな廃墟に響き渡る。ミーシャはいまだに目を瞑ったままだ。
「なぁ、フィリアよ……」