――――彼女が死んだ、この土地で…………
……俺はまた、同じ過ちをくり返すのか………………?
クリオス大陸に北東に位置するファルアの大森林。
ファルアの森は、先の見通せない緑の魔窟だった。木々の間隔は狭く、しだれる葉は大きく、絡まる
この場所に、人は立ち入らない。入ったら最後、出ることはできないからだ。
……否、正しく云うならば、出られた者はいないといわれている、といったほうが言いか。
それほどまでにこの大森林は見通しが悪く、薄暗い。迷ったら最後、出口は見つからない。
そんな中を、ミーシャとラシュウは歩いていた。
「あーっ! なんでこんなに暑いのっ!!」
「……仕方ないだろう。こんな森の中なんだ、暑いのは当たり前だ」
やれやれとラシュウは肩をすくめる。
「――って、なに休んでるのよー!!」
憤慨するミーシャは、器用に自分の肩に座るラシュウを睨みつけた。
しかし彼はそれを軽く受け流し、飛んでいるよりもこちらの方が楽だ、と言った。――いや、確かに座っている方が楽だけどさ。私はどうなるのよ、私は!
そんなことを考えていたミーシャだったが、考えごとをすると余計に暑くなってきた気がするのでやめた。自分で思うのもなんだが、賢明な判断だったと思う。
納得しつつ頷いているミーシャを横目で見ながら、ラシュウはそっと遠くを見た。
「…………」
ふと、心の中で蘇る声。
――だから、なぁに俺の肩で休んでんだぁー!
彼女の声が、心の中に響いて、弾ける。
彼女との、最期の思い出の地。あの時と変わらぬこの大森林。
まるで、あの日の時が止まってしまったように感じられる。
「――……シュウ、……ラシュウってば!」
ラシュウははっとしてミーシャの方に顔を向けた。心配そうな表情を浮かべた彼女の顔に、思わず瞬きをする。
どうやら深く考え込んでしまっていたらしい。
「どうしたの? 顔が青いよ?」
小首を傾げながら問いかけてくるミーシャに、ラシュウは首を横に振った。
「別に……」
しかし、答えるための言葉が見つからなかった。
何か弁解しようにも、その言葉がない。言い訳をするわけでもなく、本当に、ただ何も無いのだ。
ミーシャから顔を背けると、とんっと肩から跳び上がって宙に舞った。
「あれ、もういいの?」
――勝手に休んでたのにもういいのか?
「……同じことを、言うんだな」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も」
――……やはり、同じ血が流れているからだろうな。
内心苦笑を浮かべつつ、目の前に広がる光景にうんざりする。
しだれる大きな葉を退かせながら歩みを進める。しかし、行けども行けども見えてくるものはない。
まるで、緑の迷路に迷い込んだかのように思えてくる。
「むー、ぜんぜん見えてこないよ!」
ありえない、とばかりに叫ぶミーシャ。
見えるのは緑だけ。青いはずの空は大きな葉に遮られて見えない。唯一、太陽の光が葉の隙間から覗くだけ。
「おい、こっちだ。そっちじゃない」
遠くの方から聞こえた声に、はっとして顔を向ける。
いつの間にか、ラシュウはミーシャから離れた場所にいた。慌ててそちらに向かうと、道を知っているかのようにどんどん先に進んでいく。
それに少し疑問を持ちながら、頭上を飛ぶ彼を見上げる。
「ラ、ラシュウ?」
「遅いぞのろま」
――のろまで悪かったな!
「のろまで悪かったなー!」
――同じことを言いやがった……。
ミーシャに見えないよう顔を背けながらくつくつと笑う。しかし、刹那感じた風の力に、はっとして背後を顧みる。
ミーシャが、背丈を超す長さの杖の先端を前方に向けていた。
鳥の形を成す杖の先端は、光が差し込まないこの場所で、不思議にも輝いている。
「お、おい!? 何をする気だ!!」
「道をつくるの!」
――道をつくっちまえば早い!!
杖を持っていない左の手の平を、右の手の上に添える。
風の波動がぶわりと広がった。ミーシャの長い髪が不自然に翻る。
「――――我が声に応えし風よ! その力、我に貸し与えたまえ!」
少女の声に応え、風が杖の先端に集まり、目には見えない透明な球が出来上がった。
その球を中心に、力を持った風が渦巻く。
力は完成した。後は、解き放つだけ。
前を見据えて、ミーシャは言霊を紡ぐ。
「――<
言葉と同時に風の塊が放たれた。その反動で、ミーシャは体勢を崩した。
激昂していたからかいつもより粗く出来上がった風は、そのまま前方に飛んでいく。
「…………全く、ありえないな」
後先考えない馬鹿なところも受け継いだか。ため息が出ないほど呆れてしまう。
放たれた風の進行方向に、ラシュウは立った。そして、迫り来る風の塊に手を向ける。
「ラシュウ!?」
突如として現れた彼の存在に、目を見開いた。
いくら風の精霊といえど、<風波>を直撃すればひとたまりもない。
慌てて新たに風を起こそうとするが、それが間に合うはずもなく。ただ、目を見開いていた。
「――――<
風がぶつかる寸前、彼の穏やかな声が響いた。
ラシュウの指先から風の波紋が広がる。暖かく、そして清らかな風の流れ。
「……散れ」
ミーシャの放った<風波>とラシュウの<風紋>がぶつかり合った。
波紋が塊を優しく包み込むと、<風紋>が一瞬ぶわりと広がり、そして二つの力はは弾けるようにして四散した。
それを見届けると、ラシュウはほっと安堵の息を吐く。
「……全く、一体何をしようとしていたんだっ」
「えっ? ……だ、だって……この木、全部倒した方が歩きやすいかと思って……」
「っ……はあー……」
ラシュウは大げさにため息を吐いた。
――馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だとは思ってもいなかった。
「あのなぁ、この大森林は世界の財産といってもいいものなんだぞ!」 世界の中でも、これほどの自然を有しているのはこの場所にしかない。
だからか、世界の条約で保護の対象となっている。しかし、保護とは名ばかりのもので、誰も好き好んで近づこうとはしない。
それは前にも言ったとおりの理由があるからだ。迷ったら最後、出られない緑の魔窟。
その畏怖と自然の偉大さに経緯を称して、別名を、死の大森林。
「その財産を倒したらどうなるか、分かっているのか!?」
「……」
あまりの剣幕に黙り込むミーシャ。
声を荒げて怒鳴ったラシュウは、はっとして口を閉ざした。
「……今度からは気をつけてくれ」
「……ごめん」
弱い声音に、顔をしかめる。
「もうすぐ着くだろうから、とりあえず大人しくしてろよ?」
そう言えば、ミーシャは薄く笑みを浮かべた。 「早く行くぞ」
ラシュウがその小さな手を差し出してくる。
「……」
その小さな手を、見つめる。
「どうした? ……あっ! こ、これはだな……そ、その……ち、違うからなっ!!!」
何を思ったのか、ラシュウの耳と頬がほんのり赤く染まった。
どうやら彼の今の行動は、無意識の内にやってしまったようだ。いつもとは違う彼の行動に、笑いがこみ上げてくる。
「は、早く行くぞ!!」
「……うん。行こっか」
ほのかな微笑み。
――あぁ、やはりこいつには笑顔が似合う。
「それにしても暑いな」
「そうね、早く出ちゃいましょ」