結界を壊した<昇竜>の後に続き、ラシュウはミーシャを抱えて外に出た。地下神殿は、間もなく崩れるだろう。
ここに長居は無用だ。ラシュウは素早くその場を離れるように古代の森の中を駆けた。
「――――まーったく、使えない奴だなぁ」
ラシュウ達が去った神殿跡地に、ラスクは現れた。くぐもった轟音が響き、ぼこっと地面に巨大な穴が出来た。ちょうど神殿とその通路の部分が抜け落ちたため、大地の裂け目というよりは、ちょっとした崖のようになった。
その部分を見つめながら、ラスクは微笑する。
「まあ、“仕事”はしてくれたみたいだからいいけどさ」
地面に落ちていた黒い物――――双頭の龍の爪を拾い上げ、それを太陽の光に当てた。先端だけが、少し緑色に変色している。
「これからが楽しみだね……」
ひょいっと爪を宙に放り投げると、それに手を向けて何事か呟いた。
すると、ラスクの髪が不自然に翻り、刹那、爪が粉々に粉砕した。
風が穏やかに吹き抜け、いつの間にか少年の姿は消えていた。
――――――……シャ……ミーシャ…………
「……ん」
誰かの呼び声に、ミーシャは瞼を持ち上げた。ぼやけた視界の中に、若草色の髪と、金の双眸の青年の顔が映る。
「………………誰?」
少女の言葉に、青年は呆れて嘆息を吐いた。
「この歳でもうボケか? 貴様は大変だな」
「ボケてないもん! ……そっか、ラシュウか」
ぽーっとしていたミーシャだが、はっと目を丸くした。がばっと上体を起こして、振り返る。
そこに座っていたラシュウは、片足を伸ばしていた。
「も、もしかして……膝枕して、た……?」
「それがどうした? 俺より、こいつの方が良かったのか?」
右手をグーの形にして親指だけを立てる。そして、その指先を後ろに向けた。
その指先を目で追っていって、そこに女性が立っているのに気づいた。
翡翠のウェーブのかかった髪が風になびき、翡翠の双眸は鋭くきらめいている。胸元には、紅い宝石が光っていた。
「……誰?」
「貴様、本当に大丈夫か?」
ラシュウは眉を寄せて言った。
「あっはっは! ……我の名は風神。お主たちからは『風伯』と呼ばれておるな」
豪快に笑って、風の神は一歩前に出た。
それを聞いたミーシャは、ぼかんと口を開けて、どことなく顔が引きつっていた。
「えぇぇー……」
「おーい、どうしたー?」
ラシュウはぱたぱたと手を振って、はっとミーシャは我に返る。
「うぁー……私、やばいかも」
「今ごろ気づいたのか? 貴様はおめでたい奴だな」
「なんだとー!」
ぎゃおぎゃおと激しく言い争いはじめた二人に、風神は「はぁー……」とため息を吐いた。
「お主たち、そんな事をしていないでさっさと本題に入ったらどうだ?」
「?」
風神の言葉に、睨み合っていた二人はそろって首を傾げる。と、ここでミーシャが本題に気づいた。
「そうだ! ねぇ、話してくれるんでしょう?」
その言葉に、ラシュウ――いや、ホルノス神はやっと本題に気づいた。そっと視線を風神に向ける。――――よくもっ。
「ははは。ホルノスよ、我を見ていないでさっさとそやつに話したらどうだ」
「……」
ミーシャの視線がいたい。
「……話さなくちゃ、いけないのか?」
「うん」
「絶対に?」
「うん、絶対に」
苦悶の表情を浮かべるラシュウに対し、ミーシャは微笑み返しした。風神は微かに笑っている。目が笑っている。
「……」
「くどいぞホルノス。いい加減に腹を括れ」
「……………………分かった」
そう呟き、ラシュウは胡坐をかく。
「どこから話せばいいか……」
空を見上げながら悩む彼に、ミーシャは、
「どうして神なのに、いままであの精霊(エルフ)の姿をしていたの?」
と問いかけた。難しい問題だな、と頭をかきながら彼は言った。
「俺の本性は、天地創造をした<知>を司るホルノス神。まあ、この姿だな。精霊の姿だったのは、精霊の姿をして目覚めたからだ。姿を偽ってきたというわけではない」
ふーん、とミーシャは呟く。
「精霊の姿でも力は使えたが良かったが……何故か、一部封印されていたんだよな」
「封印?」
「そう。……精霊の姿の時、耳と腕に金の
ついっと人差し指を、ミーシャの胸元に向ける。
「貴様の持つ青い石……それが、封印を解く鍵だ」
「これが?」
少女は服の下に隠されていたペンダントを取り出した。光に当たり輝く青い石は、わずかに赤みを帯びていた。
「その石を持つ者と俺の意思が強く<リンク>すれば、俺の本来の力を解放することが出来る」
「……てことは、前にこれを持っていた人がいるってことよね?」
その問いかけに、ラシュウは頷く。
「それは……以前、一緒に旅していた女……フィリアが持っていた」
「……フィリア?」
その名前を自分は知っている。とても懐かしい響きに、ミーシャはまさかと思った。
それを知ってか知らずか、風神が一言呟いた。
「お主の、母親じゃよ」