を纏い、穂に祈る

 彼は足を踏み出し、握り締めた飾太刀かざりたちを振り上げ、流れるような動きで斜め下に振り下ろす。片足を軸にくるりと回転し、重さを感じさせぬ軽やかな動作で宙を舞うと、どこからともなく金色の火の粉が舞い散った。
 その姿は、まるで火を纏う武人のよう。
 わたしはその様をもう何十回と見ているはずなのに、いつだってはじめてそれを見たときのような感動を覚えるのだ。
 彼――ホルグには“古焔種”イグニ・フェルノの血が少しだけ混ざっているのだという。遥か昔に存在していたと云われる、炎より生まれ、炎を巧みに操る術を持っていた種族。頬にある数枚の赤い鱗がその証だといい、体を動かせばどこからともなく火の粉が舞った。
 この小さな村で、そんな“いわく”をもつ彼は異質な存在だった。人よりも永くゆるやかに生きる彼を、村の人々は表面上はおだやかに交流を続け、水面下では誰もが彼を畏怖の目で見ていた。
「ロティ、練習はいいのか?」
 ぼんやりと彼の舞う姿を眺めていたからか、その問いかけが自分に向けられたものだと気付くのに一瞬遅れ、驚き慌てた。隠れていたわけではないが、まさか話しかけられるとは思ってもいなかった。
 身を縮こませながらまだ舞い続けているホルグに近寄る。やはり彼の舞いは美しくて、力強くて……好きだ。だから、今はそれが少しだけ悲しい。
「……今年はわたしじゃないし」
 決まりが悪くてもごもごと呻くように言うと、彼が動きを止めた。きょとんとした顔でこちらを見て、手にしていた飾太刀を腰に差した鞘に収める。
「そうなのか?」
 首を傾げて問いかけてくる彼に悪気はないのだろう。だからこそ、悔しさが滲み出てきて、強く唇を噛み締めた。
 もうすぐ収穫祭の時期だ。村の中から選ばれた男女の舞手が飾太刀を手に取り、今年の収穫と来年の五穀豊穣を祈願する舞を踊る。
 十年前、彼の美しくも力強く舞う姿に見惚れた。その次の年、彼のように舞ってみたいと過去に舞手として踊っていた人に教えを請い、練習を重ねてきた。
 そして、一昨年にはやっと舞手の候補として名前が上がった。
 去年は選ばれなかった。今年こそはと祈っていたが――残念ながら選ばれることはなかった。
「……残念だな」
 その声色があまりにも落ち込んでいるように聞こえて、目を瞬かせた。訝しげに彼を見れば、ああ、と彼は呟いた。
「いつもここで練習しているだろう?」
 ホルグがここで練習をしているのを知ったのは偶然だった。そして、この場所で自分も練習すれば、あの力強く、美しい舞を舞えるのではないかと思ったのだ。
 彼がいない時を狙って練習をしていたのに――まさか、それを見られていただなんて!
 顔から火が出そうなほど熱くなっているのがわかる。恥ずかしさのあまりあわあわと慌てて顔を隠せば、頭上からくつくつと笑いをこらえる声が聞こえてくる。
「練習であんな綺麗に舞うんだから……今年、お前と舞えたらと思っていた」
 不意にそんな言葉が聞こえてきたものだたから、真っ赤になっているのにもかかわらず顔を上げた。
 “彼のように舞えたら”と思っていた。練習を重ねていくうちに――いつしか、その思いは“彼と一緒に舞えたら”に変化していた。
 思いがけない彼の一言に、胸に秘めていたものが溢れてくる。
「が、がんばる! から、あの、今年はだめだったけど、待ってて!」
 浮き立つ気持ちを隠すこともできずにそう叫べば、彼は目を瞠り、口元をゆるめた。
「俺は無駄に長生きだからな。ロティと一緒に舞えるまで待っててやるよ」
 彼が朗らかに笑みを浮かべた瞬間、鮮やかな赤色の火の粉が舞い踊った。

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